広瀬絣(ひろせがすり)
広瀬絣(ひろせがすり)とは、島根県広瀬町で生産されている紺木綿の絣織物のことをいいます。文政7年(1824年)、医者の長岡謙祥の妻の貞子が米子で習得した絣織りを広瀬で広めたのが始まりとされています。和紙に柿渋を塗り文様を縦長に拡大して切り抜く独特の型紙を使い、絵模様と幾何学的なパターンとを織り混ぜた絣模様が特徴です。
広瀬絣(ひろせがすり)は、弓浜絣(ゆみはまがすり)・倉吉絣(くらよしがすり)と共に、山陰の代表的な絣(かすり)です。
広瀬絣(ひろせがすり)とは、島根県広瀬町で生産されている紺木綿の絣織物のことをいいます。文政7年(1824年)、医者の長岡謙祥の妻の貞子が米子で習得した絣織りを広瀬で広めたのが始まりとされています。和紙に柿渋を塗り文様を縦長に拡大して切り抜く独特の型紙を使い、絵模様と幾何学的なパターンとを織り混ぜた絣模様が特徴です。
広瀬絣(ひろせがすり)は、弓浜絣(ゆみはまがすり)・倉吉絣(くらよしがすり)と共に、山陰の代表的な絣(かすり)です。